音楽の力は偉大だ。
音楽が臆病な私を動かすのだ。
私がルーマニアに来た理由はたったひとつ。
それは、ロマ民族(ジプシー・ルーマニアではチガニと言う)に会い、彼らと夜通し歌い、そして踊ること。
それを実行する為、トランシルバニア地方のトゥルグ・ムレシュという町に着いた。
宿があるかどうかもわからない。
気持ちだけが先走っていた。
ガッジョ・ディーロという映画がある。
この映画は、一本のカセットテープだけを頼りにルーマニアを旅し、ロマ民族たちと触れ合い、恋する物語だ。
その旅は素晴らしかった。
単純な私は、ルナ・ロカを求めて、それをやろうとした。
あの、ヤコブ・アティに、ブチ・コザック・エヌルに、サンドラ・アディラに会えるものと思い、胸がはち切れんばかりに膨らんでいた。
時代はとっくに過ぎているが、熱意さえあればなんとかなるだろうと私は安直に考えていた。
会う人全員に聞いた。
駅にいる人、タクシーの運転手、ハンバーガーを売っている人、通りすがりの人・・・。
かたっぱしから聞いた。
お願いした。
ロマ民族に会いたい、居場所を教えてくれと。
ところが、まず、英語が通じない。
それでも、一所懸命、歌を歌ったり踊ってみたりして、ようやくその意味が通じても、みな知らないと言う。
タクシー運転手達が集まって相談してくれたが、空振りだった。
しかし、この近郊には住んでいるはずだと、私はある旅人から聞いていた。
いや、目の前には沢山いる。
シンナーを吸って足元もおぼつかないロマの子供達が。
でもルーマニア人達は注意すらしない。
まるで、犬を追っ払うように、子供達を追っ払ってしまう。
まるで人間扱いはされておらず、存在自体認められていないようだ。
そのうち、子供達の中の少女が、私と寝ないと誘ってくる。
私は悲しくなってきた。
疲れてきた。
私は駅のベンチでうなだれて座り込んだ。
時計は深夜1時を回っており、そのまま眠り込んでしまった。
目が覚めた。
いつのまにか雨が降っていた。
空一面がどんよりと黒く重い。
私の心もどんよりとしていた。
私は、チケット売り場に向かいブカレストまでのチケットを購入した。